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2021/10/07

Blog 11年目

 2011年7月から始まった、わたしのBlog。10年過ぎて、11年目です。いつの間に。


間、2年空いていて、10年間ずっと何かを綴っていた訳ではないですが、10年前から変わらずに好きなものもたくさんあって、新しく好きになったものもたくさんあって、いつもずっと音楽が流れていて、なんというか、わたしのBlogには、「music, art and life」が詰まっているな、と思います。

副看板を、看板に取り換えてもいいですね。

看板は、今となっては、もっと考えたらよかったな、と思いますが、今更変えるのもなんだし、とは言え、変えちゃうかな?



日記を付けている訳ではないので、昔の自分を振り返るのは、写真かこのBlogくらいです。

その時々の自分の感情や言葉が残っているBlogがあって、振り返りたいこともないけど、ふと思い立ち振り返ってみる時、振り返れる場所があるのは「いいな」と思います。



わたしはずっと「好きなこと」をしてきたし、それができる幸せも分かってなくて、今、何をしたらいいのか分からない、何もできない不安にある中で、わたしが綴ってきた「好きなこと」は、眩しく幸せな思い出ばかりです。

わたしは幸せに暮らしていたんだな。辛いことも言葉にして、がんばっていたんだな。

そんなことを「確認」しました。


特に目標もなく、自由に、気ままに、これからもぼちぼち、自分が「好きなこと」について綴っていこうと思います。



2017/12/01

『有元利夫展―物語をつむぐ』 於:大山崎山荘美術館



アサヒビールが持つ、JR山崎駅から徒歩10分ほどのところにある名前の通り、元々は山荘だった美術館です。古いお屋敷をほぼそのままに利用していて、通路を通っていく新設の展示室が2つあり、広いお庭もあり、入口から見た限りよりもけっこう大きな美術館です。

結構近所の美術館なので、いつ行こうかな~とのんびりしてると会期が終わっちゃった、なんてこともよくある(ご近所あるある?)のですが、一方的に好きなブロガーさんがおすすめされていたので、GOT7のライブで帰省した際の中日に行ってきました。



photo : tana

お天気も良くて、寒くもなくて、紅葉もきれいで、とっても良いおでかけになりました。ただ、予想以上に人が多くてびっくりしました。この美術館で、こんなに人がひしめき合っているのを初めて見ました。展示解説が始まる時間だったので、ちょっとタイミングが悪かったのかもしれません。午前中に行けばよかったと思いつつ、仕方ないですね。



〈ささやかな出来事やささやかなキッカケを大事に大胆につむぐ〉

キャプションに書いてあった、有元さんの言葉です。単に絵を描くために大事なこと、というだけではなく、自分が生み出す作品の中にどのような物語を持たせるのか、描きこむのか、そのために必要なのは決して大きな劇的な出来事などではなく、ささやかな日常のほんの小さな事やきっかけである、ということなのかな、と思いました。



《花降る日》 1977年

有元さんはマチエール(質感・肌合い)を大事にしていました。キャプションにはタイトルと所蔵元しか書いていなくて、その絵が油彩なのか日本画なのかキャンバスなのか板や布なのかよく分からなかったので、聞いてみました。

キャンバスに描いていて、油絵具や岩絵具、アクリル絵具などを様々に組み合わせて、表面を加工して、フレスコ画のように見せているとのこと。

油絵なら油彩、日本画なら紙本(絹本)彩色など、どれか1つに表現できない描き方をしているのですね。

古めかしいような画面、どうやって描いているのか分からない、独特の表現、マチエールに拘っていた人らしい複雑な地塗り。

有元さんの絵は、名前を知らないまでも、誰もがどこかで見たことがあると思います。装幀などにもよく使用されている印象です。だけど、有元さんの絵は実際に生で見るべきものだと、実際に生で見て強く思いました。印刷では伝わらない、決して伝えられない色と凹凸と印象が、生で見ることでビシビシ伝わってきます。



《花咲く頃》 1982年

花束を持った女性、金色の背景、大きな木。黒い所には細かく描きこまれた地があり、これは実際に見ないと分からないのではないかな、と思います。単順な構図だけど、その地や色彩や描き込みは決して単純ではなく、驚くほど複雑です。



有元さんの絵には共通するモチーフや特徴がたくさんあります。

まずは女性。太い腕、太い首に寸胴で、裸かロングスカートを履いています。そして、人物はどれも手元や指の描き込みが曖昧です。他の所はしつこいくらい重ね塗りしたり、塗っては消して削ってなどをしたりしているのに、手元だけは絵具も薄くて、指がはっきり見えません。音を具現かした玉や、花などを持っていることも多いのに、それが少し不思議でした。絵を描くのが下手な漫画家なんかはいますが、有元さんはどうなのでしょう。

あとは花、影、丸窓、布などでしょうか。昼よりは夜、開けた場所よりは森もしくは屋内などが多い印象です。机には碁盤の目が書かれています。音楽好きなのに、五線譜ではないのだな、と思いながら見ていました。そういうものに何か寓意があるのかもしれませんが、ギャラリートークでも特に触れられていないように感じました。静かにゆっくり見たいので、ギャラリートークなどは参加しませんが、ちょうどかち合ってしまって、人が多くて難儀しました。



《ロンド》 1982年

有元さんは音楽好きで、タイトルにもモチーフにも音楽はよく使用されています。チラシにも使用されている《室内楽》もそれに似ている《7つの音》も、玉を音に見立てているそうです。

この作品はその名も《ロンド》なので、音楽その物を女性たちの動きで表しているのかな、と思います。ものすごく高く飛んでます。その飛んでる女性の周囲には砂子(金粉)が蒔いてあります。これも画像ではなく、本物でなければ、見えないものです。

音楽も似ているのかもしれません。聞かなければ分からない。楽譜を見ただけでは伝わらないものが、音にはあります。



《テアトル》 1981年

リコーダーを入れる箱とか、楽譜とか、そういうものも作っています。あとは篆刻、脱活乾漆、陶器、ブロンズもしています。これはブロンズ。展示されていた正面は反対側でした。ちょっと不思議な作品ですね。タイトルはフランス語で「劇場」を意味しますが、その意味を調べて知ったところで、やっぱり不思議な作品であることには変わりませんでした。



《無題(陶器)》という作品が気に入りましたが、画像が見つけられなくて残念です。陶器は広がったスカートに割れがあったのですが、それがヒダのように見えて、とっても効果的な入り方だったので、もしかしてわざとなのかな、などと思いました。ちなみに陶器は唐津焼だそうです。



マチエールに拘るあまり、様々な技法も試していたようで、漆までやっているのはびっくりです。乾漆って面倒な技法なんですがどの程度のレベルでやっていたのでしょうか。乾漆として展示されていたのは、抜いた中身っぽい木の彫り物だったので、どこら辺が漆なのか乾漆なのかよく分かりませんでした。

漆と言えば、ということでもないのですが、《花火の日》という作品の白い所は、ちょうど漆の研ぎ出しと似たような感じでした。重ね塗りして後に表面を削って、白を出したのかなと思います。

《ロンド》で見た金粉が蒔かれているのも、日本画や漆器の技法のようです。様々な手法を駆使して、1つの画面や作品を作り上げる。その最初は「ささやかな」こと。奥が深そうです。今まで絵を見たことがある、という程度の認識でしかなかったですが、今回展覧会を見たことで、好きな画家の1人になりました。芸術家と言った方がいいですね。



《厳格なカノン》 1980年

モデルは奥さんだそうです。解説を傍から聞いていました。布がよく出てくるな、と思います。これもそうだし、《花降る日》のように手に持っていたり、碁盤の目のテーブルクロスとかも。雲の形も独特で、梯子の行き先も不安で、空へ登っていけるような、どこか得体の知れない場所に連れて行かれるような、布の向こう側が気になります。うっすらと梯子が続いているのは描かれているのですが、それ以上は見えません。



photo : tana

photo : tana

この美術館は何度来ても何度も写真を撮ってしまいます。昔は山手館もなかったし、いつ来てもほとんど誰もいなくて、きれいなお屋敷独り占め気分も味わえるお気に入りの場所でした。でした、って今もお気に入りには違いありません。

人が多すぎて、喫茶室に入れなかったのが残念です。リーガロイヤルとのコラボスイーツ、いつもすごく美味しいので、毎回いただいていたのですが、今回は諦めました。



有元利夫さんは絵しか見たことがなかったので、今回いろいろなものを見ることができて楽しかったです^^

とってもすてきな展覧会でした。お屋敷も素敵なので是非行ってみてください。展示室内のソファは座ることができますから、ふかふかで動きたくなくなるくらいの革張りソファで休憩しながら見てください。2階喫茶室側のテラスからの眺めも良いですよ。山荘というだけあって、見晴らしがいいです。お庭も必見です。滝もあるし、芝生もあるし、大きなウサギさん(ブロンズ)もいますよ。



photo : tana

2017/10/23

『国宝展』 於:京都国立博物館 part.2

photo : tana

さて、part.2です。1階まで降りてきました。2階でしばらく休憩してました。

photo : tana



彫刻

2階からの流れは番号順に進んでいきます。が、それも85~97番の彫刻までです。彫刻と言っても、ほぼすべて仏像です。奈良博ほどではないですが、京博も仏像や仏教関係の資料に強いです。あとは日本画とか屏風とか、京都の伝統と和物に強い印象です。だからなのか、今回の国宝も、そういうものが多いです。ある程度は網羅していますけど。



《雲中供養菩薩像 北15号》 天喜元(1053)年
平等院鳳凰堂

飛天は美術館で見るのが一番分かりやすく見やすいです。天井付近に飛んでいる時は分かりませんが、案外大きいし、楽器を持って、動きもあって、1つ1つ違うので、見ていると面白いです。

平等院に行けばもっとたくさん見ることができますが、あそこも展示をおしゃれにしすぎて、若干もどかしいところがあります。良し悪しですけど。



7世紀から12世紀辺りの仏像が多く展示されています。清凉寺の《釈迦如来立像》がとてもすばらしかったです。お顔はふっくらとしていて、中国の古い仏像って感じですが、衣の印象や、全体の柔らかさが良いところです。正面の胸から足にかけて、人が触った跡がありましたが、昔は触れて祈って大切にされてきたお像なのだな、と思いました。

平安の仏像はすごく穏やかな表情で、澄んでいて、とてもきれいに見えます。末法思想が広まっていて、人々はけっこう切実に縋っていたと思うのですが、それを受け止める仏像たちは、鎌倉以降のものよりも、たおやかで落ち着いているようです。古い時代の様式と片付けるにはもったいないような。



陶磁

この部屋に何があったのか、あまり覚えていません。陶磁の部屋と言っても、陶器は《曜変天目》しか覚えていません。というか、ここはこのための部屋です。



《曜変天目》 南宋14世紀 龍光院

もうまったく良さが伝わらない画像しかなくて、本当に残念です。一番有名な曜変は静嘉堂文庫が持つ斑点も大きく色も濃いものだと思いますが、龍光院のものは写真では分からない、実際に見なければ輝きや良さやすてきさが見えないものです。

最前列で見る行列があって、最初はそれを避けて後ろから見ました。するとけっこう光っていて、最前列で見たくなったので、5分くらい並んで見たら、思った以上に底の方が光っていてびっくりしました。曜変は見るの初めてかな、わたし。ライトの加減もあると思いますが、それでも光っていて、とてもきれいでした。ものぐさせずに列に並んで間近で見てよかったです。本当は手にとってしげしげ見たいですが、出来ません。

釉薬が変化して模様が出来ると書いてあるのですが、どんな変化が何の理由で起こるのかを知りたいのですが、それは多分分かっていないのでしょうね。分かっていたら、曜変天目もっとたくさんあるはず。世界に3つしかなく、すべて日本の国宝だそうです。

志野茶碗《卯花墻》は、実際にお点前で使ってみたいけど、この天目茶碗は使おうとは思わないですね。使うものではないような気がします。絵画や景色のように、これは鑑賞するのが一番似合います。

Ⅲ・Ⅳ期は《油滴天目》が展示されます。これも一見の価値ありな品ですね。



絵巻物

《信貴山縁起絵巻》や《法然上人絵伝》は見たことがあるし、絵巻物はどうしても下に置く展示になるので、後ろから見えにくいということがあります。人が多い展覧会だと、ちょっと不便ですね。



《絵因果経》 8世紀 上品蓮台寺

これがこの部屋にあったかどうかはあまり覚えていませんが、作品は絵巻物としては初めて見る形態で興味深かったです。上段が絵、下段が経典というもの。絵の内容についてのキャプションはなんと書いてあったか忘れました。唐代に中国で多く作られた経典のようですが、中国では伝存していないそうです。仏教は中国から日本に伝わりましたが、経典類もたくさん伝わってきて、似たようなものが新しく作られて、1000年を超えて今に伝わっている。

伝世品というのは、その歴史を見れば、よくぞ今まで残ってくれたな、とすべてのものに対して感慨深いものがあります。



染織

ここがとても見てよかったなと思う部屋です。初めて見るものばかりで、とても興味深かったです。



《天寿国繍帳》 7世紀 中宮寺

雪舟なんかより、これを見ることが出来てよかったです。《天寿国繍帳》という名前からして、学校で習ったな、と懐かしい気がしますが、本物を見るのは初めてです。写真で見るのも、学校以来かもしれません。読みにくい、難しい字の変な名前だな、と思ったものです。聖徳太子の死後に行ったとされる天寿国の内容を刺繍で表したもので、鎌倉時代に痛んだ部分が修復されていますが、今見ると、奈良時代の原本の方が色鮮やかできれいに残っていて、鎌倉時代の模本の方が色褪せて糸も切れてぼろぼろでした。

奈良時代のクオリティに驚愕です。Ⅱ期10月22日までの展示。良い物見ました。

刺繍と縫い物、挑戦したことがあるけれど自分には無理そうだと挫折したことがある分野なので、手縫いのセーターとか、すてきな刺繍とか見ると、素直に感嘆します。



金工

ここでの見ものは個人的にはそんなになかったんですが、よかったのは《金銅錫杖頭》です。唐8世紀作で、空海が持ち帰ってきて使ったものかも、というものです。傷んでいる所もあまり見られず、古さを感じないものでした。華鬘[けまん]や舎利容器もきれいでした。どこまでも仏教徒の感じなtanaです。

太刀や鎧は興味がないんですよね。戦国時代とか幕末とか、歴女とか刀剣乱舞とかの世界はよく分かりません。戦争や争いは嫌いです。それなら政争の平安と享楽の江戸の方が良いです。



漆工

さて、個人的な最後のお楽しみ、漆器の部屋。いろいろと期待を裏切られた部屋でもありますが、悪くはなかったです。

一番の超絶技巧は《時雨螺鈿鞍》です。螺鈿が全体に施されているのですが、貝が細すぎるのです。黒漆の方は痩せて、貝とは段差が出来ていましたが、貝はそれでも美しく光り過ぎなのです。



《美御前御揃》 16~19世紀 那覇市歴史博物館

《琉球王国尚家関係資料のうち金工・漆工》の内の一揃いです。朱が鮮やかできれいで、そこに沈金か何かで装飾されています。琉球漆器のことについてはあまり知らないので、本州の各地の漆器や装飾技法とどのような違いがあるのかはまだ分かりません。また沖縄には旅行に行きたいと思っているので、今度は普通の観光地だけでなく、漆器についても見てみたいなと思います。1人旅決定ですね、この旅程。

大きな器で王家のものって感じです。丁寧に作られているのが感じられます。

ちょっとびっくりなのは、酒器をビーズの飾りで覆ったウタマヌチというもの。お酒が入っていても、どうやって注ぐのだろうというくらい、全部覆われています。それともただの飾り物なのかな。

いろいろと気になる琉球漆器です。



《沈香木画箱》 8世紀 東京国立博物館

法隆寺に献納された宝物の内、東博所蔵のこれを見ている時、近くの人が「なんで手放したのかな。いらないものだったのかな」なんて、笑って話をしていましたが、いらないものな訳ないだろう、と聞いていてびっくりしました。明治期に皇室に献納されて、戦後東博の所蔵となったそうなので、それを元に東博の中に法隆寺宝物館が造られたのだろうと推測できます。

香木で作られているので、今でもこれが収められている箱を開けるといい香りがするそうです(とキャプションに書いてあった)。

漆器じゃない。まずそこですが、まぁすばらしい品なので、どこのスペースにあっても良いです。ジャンル分けするとわかりやすい面もありますが、感じ取る方が先入観を持つこともあるので、良し悪しです。今回、良し悪しってめちゃ使っています。すみません。

菱形に成形された沈香と、象牙で黒檀を挟んだ細い線で間を埋めています。

象牙で黒檀を挟んだ、という部分が個人的に腑に落ちなくて、見ながらすっごくどうすればそんなことができるのかを考えていました。画像が小さくて悪くて分かりにくいですが、菱形の隙間を埋めるように、象牙の線があります。象牙の部分すごく細くて、間に黒っぽいのがあるのは分かるのですが、黒檀をそんな細く切ることが出来るのか、と思って不思議でした。黒檀はとても固い木です。切るというより、鉋のようなもので削ったのかな。象牙だって、まっすぐ細い線状にするのは難しいはず。簡単に説明してくれるけど、それどういうこと? と1人悶々と悩んでおりました。

そしていい香りというのなら、沈香の香りがどんなものかを体感させてほしかったです。

というか沈香って、ものすごく高価なもので、信長・秀吉・家康がちょっとずつ切り取った痕がある沈香の枝をどこかで見たことがありますが、そんな枝を成形して装飾の材料にするって、奈良時代のクオリティ。



と、ここでpart.1の1階に続く…、のその先です。

いくつかの疑問があり、あまりに気になったので、ちょっと聞いてみてもいいかな~、と思って、近くにいた監視員に「質問することできますか」と声をかけてみたら、質問も聞かずに「まずはご自分で調べていただいて―――」って………。

あのね。調べて分かるようなことなら聞かないし、監視員がただのパートのおばちゃんだってことくらい分かっているし。大概監視員の椅子には、図録や過去の質問くらい用意しといてくれているものなんですが。京博、ちょっと見ている人を舐めているの、って歪んだ苛立ちが…。

2階での正面問題も、象牙の間の黒檀問題も、それは図録にも載っていないし、ネットでも調べて分かることですか。研究誌を探して、北山の資料館にも行って、多分論文の1つ2つ書けそうな問題ですね。そんな労力をかけるのもいいですが、今は大学生でもないので、資料にたどり着くのにすら労力をかけないといけなくてですね、それなら学芸員に聞きたいと言うものです。






その作品のプロフィールのようなもの、来歴や作り方、技法も調べれば大体分かります。漆器に関しては見ればある程度分かります。だけど、展示方法やキャプションの内容というのは、それをした人しか分かりません。見ても分からないもの、どうやって調べるのかすらも分からない疑問なども、図録や一般向けの説明しか無いカンファレンスルームで調べろというのは、ググれというのと同じくらいのものです。

お忙しいのであろう学芸員に、単純に繋いでほしいのでもなく、疑問が生まれた地点のその先を示してほしいのです。

パートであろうと、正規職員であろうと、雇用形態は関係ありません。「展示ガラスに触れないでください」というボードを持ってただ立っているだけで、「質問があるのですが」という人に「自分で調べろ」くらいしか言えない人は、作品を守るために監視することもできないのではないでしょうか。

この対応は、学ぼうとする人への拒絶であり、気付きへの道を閉ざすものです。自分で調べる方法が分からない人もいるじゃないですか。とても残念であり、正直イラッとしました。



博物館という施設が、ただ鑑賞するだけではない、与えられたものだけを眺める場ではない、学びの場、気付きの場であることを望んでいます。そういうものを期待して、見に行きます。未知との出会いを求めて、博物館施設に行きます。そこで感じた疑問を解決するのが図録や図鑑、辞書や史料であり、学芸員の役割であると思います。

何のための展覧会なのか。観光のためではありません。楽しみのために行くのだけど、遊ぶところではありません。素人も素人なりに、楽しみながら、でも真面目に真剣に見ているのです。

あまり質問する方ではないですが、質問してこんな対応をされたことがなかったので、国立博物館でこれはないな、と思った次第です。



もやっとした気分で見終わってしまったから、というのではなく、もう1回《曜変天目》を間近で見て、気に入った《沈香木画箱》ももう1回見て悩み、最後に大きな大日如来さまと不動明王さまを見上げて、終わりました。

途中休憩を何度か挟みましたが、結局3時間くらい博物館の中にいましたね。長い。

展示数が多いというのもあるけれど、1つ1つが見どころ満載なので、省略したものもあるのに、この長さということは、すべてをじっくり見たら、半日くらいかかるかもしれませんね。それもいいと思います。






愚痴ってしまいましたが、全体的にはもちろん良い展覧会でした。展示品はもちろん国宝なので日本にとって重要で大切な品であるのは当然、新しい平成知新館は各階の天井が高くて、大きな屏風や掛け軸も余裕を持って展示することが出来ます。上手く高さを使えないと、スペースが余って見えて、作品が小さく見えるという欠点はあり、それが数ヶ所感じられましたが、まぁどっちを取るか、というこれも良し悪し。

はっきり分かったのは、京博は良しもあり、悪しもあり。愚痴っとモヤッとはアンケート用紙にしっかり書いてきましたが、改善は期待していません。それよりもまたすてきな展覧会やすてきな作品を京博で見られることを期待しています。

そして、奈良時代のクオリティの恐ろしすぎる高さ。1300年前の名も無き職人さんたちはこんな遠い未来にも伝えられ続けることを感じていたでしょうか。1000年後の未来、わたしには想像ができません。



4期に別れているので、展示替え多くて展示する人大変だな、と思います。国宝なので、扱いも最も慎重にしなければならないし。国宝であろうとなかろうと、展示品を雑に扱うことはあってはならないですが。目的のものがあるなら、それに合わせて行くも良し、都合の良い日に合わせて行っても良し。いつ行っても、何かしらお気に入りが見つかるはずです。



余談

photo : tana ©san-x

国宝展の前に下鴨神社に行って「リラックマごゆるり京都」に参加してきました。欲しかったグッズを買って、スタンプを押すだけで、他に3ヶ所も6ヶ所も回るつもりはないです。無駄にリラックマ嵐電には乗ってみたかったですが、嵐山にも用事なんてないですしね。

舞妓(女形?)のリラちゃんたちをしっかりと見てきました。お仕事ごくろうさま。他にも忍者、お殿様、侍、新撰組、八ツ橋があります。来年の1月8日までやっているそうなので、スタンプを集めても、もらえるものはしょぼいですが、興味があれば、冬の京都にもお越しください。

http://www.rilakkuma-kyoto.com/



久しぶりに2つに別れた記事でした。長くなりましたが、読んでくださってありがとうございます^^

『国宝展』 於:京都国立博物館 part.1

photo : tana


平日ならば人はそれほど多くないだろう、と思っていましたが、それも誤算。おそらく、人が少ない時はないと思ってもいいでしょう。金曜日の夕方4時前くらいに行きました。その時は待ち時間もなく、スムーズに入れました。金土は夜8時まで開いているので夕方入ったんですが、夜は人が少ないというセオリー通りには行きませんでした。

Ⅰ期からⅣ期にわたって展示替えがされるので、出品表にあっても展示されていない作品の方が多いです。わたしが行った時はⅡ期目。

photo : tana

3階から下に行く道順。それはいいのですが、最初に見る書籍は作品番号が150番台で、出品表をひっくり返して番号を探すはめになりました。このルートにそってお気に入りの作品をピックアップして語っていきます。



書籍

書籍Ⅱ期には空海の書が多めです。字の良し悪しは見るけれど、基本的にあまり興味がないので、最初の部屋ということで人も多いし、さくっと通り過ぎました。空海であろうとも、宸翰(天皇の直筆)であろうとも、ふんふんと見て通り過ぎました。

分かりやすそうな《古今和歌集》の和歌などはⅠ期でもう過ぎてしまいました。書籍はⅢ期が良さそうですね。《御堂関白記》《日本書紀》《日本霊異記》が見ることが出来ます。藤原定家の《源氏物語奥入》も。10月31日~11月5日の1週間限定で《今昔物語集》が展示されます。



考古

次の考古は180番から200番台。番号が飛びすぎで、また探しました。もうちょっと番号か展示順、考えてほしかった…。まぁ、それは置いといて、縄文土器としては超有名、教科書でも写真でもテレビでも誰もが見たことがある、火焔土器と縄文の土偶たち3体そろって見ることができました。



《深鉢形土器 (火焔型土器) No.1》 前3500~前2500年
新潟県十日町市

深鉢形土器が正式名称のようですね。そして、1つだけと思っていたら、No.1からNo.6まであるらしいです。教科書で見たのはNo.1のはずだと思っていますが。書籍はⅢ期が良いと書きましたが、火焔土器はⅢ期だけ展示がありません。

土偶ちゃんたちもよかったですね。土器もだけど、なんでこんなフォルムになったのだろうという疑問が、見るほどにふつふつと浮き上がってきます。

完品で出土したのか、組み合わせたのか知りませんが、よく完全体で展示できるようなものが出てきたな、と思って、それだけでもすごいことです。改めて本物を見てみて、土器も土偶も好きだな、って感じました。



仏画

番号は1番から13番。3部屋目で出品表の最初。仏画もⅢ・Ⅳ期の方がいいですね。東寺伝来の《両界曼荼羅図》が見られます。すごい迫力の大きなものなので、見たこと無い方は必見ですね、と仏画好きは思います。



《阿弥陀二十五菩薩来迎図 (早来迎)》 14世紀 知恩院

迎えに来てもらっていたのは徳の高そうなお坊さんでした。まだ死ぬ時じゃないけど阿弥陀様御一行様お迎えに来てくださるのは、お坊さんとしては最高の瞬間であることでしょう。早来迎って要するに早死になんじゃ、と思ったわたしは悟りには程遠い存在です。



《釈迦金棺出現図》 11世紀 京都国立博物館

とても珍しい図のようです。涅槃に入った釈迦が、母マーヤの嘆きを鎮めるために、棺から起き上がって説法したという図です。キリストの復活のようですね。そういう話が釈迦にもあったのを初めて知りました。



六道と地獄

ちょっと怖い絵が続くので、さらっと流しました。地獄絵より《餓鬼草紙》の方が怖い感じです。30番前辺りの番号が「六道と地獄」で、Ⅲ・Ⅳ期は同じ部屋で「肖像画」になります。



肖像画

Ⅲ・Ⅳ期で《伝平重盛像・伝源頼朝像・伝藤原光能像》がそろって展示されます。神護寺の三像、23年ぶりに揃うそうです。割りとどうでもいい情報。



中世絵画

10月22日まで雪舟の国宝6作品がすべて揃うという謳い文句も、知ってはいたが狙って行った訳ではないですが、ちょうど見ることが出来ました。《四季山水図》は巻物で、人集りの後ろからはちょっと見にくいです。Ⅲ・Ⅳ期に雪舟は無く、大衆的にはあまり有名ではないですが、如拙の《瓢鮎図》が見られます。



《秋冬山水図》 15世紀 東京国立博物館

左が秋で、右が冬の図です。《慧可断臂図》もいいですが、気になると言ったら《秋冬山水図》です。秋冬と言いながら冬の方が有名で、秋があったんだ、というくらいの認識でした。だけどやはり冬の方がドラマチックでいいですね。

いつも不思議に思うのは、冬の中心の一本線。その線の右が岩なのか、左が山なのか、あるいは逆なのか、あるいはどちらでもないのか。普通に考えれば、右が岩なのだと思いますが、変な形の岩で、お寺を潰してしまいそうに覆いかぶさっていて、見ていて落ち着きません。けれど、真ん中にその線があることで、とても壮大でドラマチックに見えます。

そういう冬に比べて秋は平凡なので、あまり目立たないのだと思います。



近世絵画

狩野派、長谷川等伯、尾形光琳など、中世に比べると有名な作家を全期に渡って見ることが出来ます。俵屋宗達《風神雷神図屏風》はⅡ期まで。Ⅲ期には長谷川等伯《松林図屏風》、Ⅳ期には尾形光琳《燕子花図屏風》と、有名所が満載です。いつ行っても楽しめる近世絵画です。



《風俗図屏風(彦根屏風)》 17世紀 彦根城博物館

わたしはこの絵がとても好きです。Ⅱ期だけの展示で、本当に見ることが出来てよかったと思います。井伊家伝来の江戸時代の風俗を描いた屏風ですが、人物の配置、描写、色彩、そういうものがすべてすばらしい技術とセンスで描かれていると思います。線も滑らかできれい。髪の毛がとても柔らかそうです。特に後ろ姿の女性がとても色っぽいです。

背があまり高くない屏風で、座って鑑賞する、あるいは、寝ている時の目隠し、そういう役割だと想像しました。何でも1つ貰えるなら、これが欲しいです^^



中国絵画

中国で描かれたものが日本に贈られ(または買われて)、長く伝来してきたものが、国宝となる。不思議な縁ですが、本国中国にも残っていない作例ならば、日本で大切に伝え残すことに、とても大きな意味があります。

日本の水墨画に比べると、より力強く、あるいはより柔らかく、日本の水墨画の基礎であることが感じられます。



《飛青磁花生》 中国 14世紀 東洋陶磁美術館

どこから見ても美しい青磁の花入れです。わたしは白磁より青磁の方が好きですね。あの微妙な色合いが好みです。サビの色も形も無造作な感じで良いです。

中国絵画のところに陶磁があるように、近世絵画のところに志野茶碗《卯花墻》がありました。Ⅲ期から展示される大井戸茶碗《喜左衛門》は中世絵画のところに展示されるのだと思います。

青磁の花入れだけではなく、壺や茶碗など丸いものでも、正面が無さそうな立体アートでも、必ず正面というものはあると思っています。花だって、一番きれいに見える顔があるのです。どこでもいい、というのは、顔がない、のっぺらぼうと同じではないかと感じます。

展示されているものであれば、キャプションがある所から見る所がその陶器の正面であると考えます。《飛青磁花入》の高台には、線で結ぶと十字になるような、丸い点のサビが4点あります。それで、「どこから見ても美しく見えるよう計算されて入れられたサビ」(内容はうろ覚えの要約)とキャプションにあるので、となると、今正面のように見えている正面は、その通り正面なのだろうか、と見ていてすごく気になりました。

どこでもいいっちゃいいですことなんですが、気になったんです。高台に1ヶ所、欠けなのか手の後みたいな釉薬の凹みがあったので、そこを後ろにして正面を決めたということも考えられるし、まぁそういうことだろうと思いつつ、気になるので、展示した人に聞けるのなら聞いてみたいなとは思いましたが、自分で想定したこともある程度は間違っちゃいないだろうと結局その時は聞かなかったのですが…。1階に続く…。



Blogを書くために探してきて貼った画像は東洋陶磁美術館のものです。そして国宝展でもこの通りに展示されていたので、所蔵博物館で展示されている通りの方法で展示されているようです。公式的な正面が「ここ」らしいです。



展示方法が気になる、というのは、やっぱり大学で勉強していたからですかね。あとは茶道でお茶碗を扱っていたせいでしょうか。変な所が気になるのは性格だと思います。



Part.2へ続きます。長くなってしまいました。



photo : tana

2017/08/04

『技を極める - ヴァン クリーフ&アーペル ハイジュエリーと日本の工芸』 於:京都国立近代美術館

photo : tana



6日までの展覧会、テレビで紹介されていて、是非見たいと思ったので、帰省の日を決めて見てきました。ヴァンクリーフ&アーペル、略してヴァンクリ。世界4大ジュエラーだったかな? その内の1つだそうです。到底縁のない世界ですが、それでも美しいものは見たいものです。

8月の京都は暑いですが、それでも今年は比較的マシな方かもしれません。着方を忘れてしまいそうなので、着物で母(洋服)と一緒にお出かけしてきました^^

うっとりするような、きれいなものばかりで、とっても良い展覧会でした。



インド風ネックレス

重そう。高そう。当たり前のように、プラチナ、ダイヤモンド、エメラルド、と書いてあります。



ハイジュエリーというのは、高い技術で造られた一点もののジュエリーのことで、多くは、というか多分全部オーダーメイドです。

こういうものが欲しいという依頼を受けて、デザイナーがデザインして、それを元に錫で模型を作り、蝋で金型を作り、金銀などで鋳造し、石を選定し、成型し、微調整を繰り返して型に石を嵌めていく、という作業。

錫で模型を作ることは、デザイン画では分からない重量感や立体感を分かりやすくするためのもので、他の工房では省くことも多いそうですが、ヴァンクリでは第一歩の大切な工程として、今でも本物に見えるほど精巧な模型を作るそうです。

工程を映したビデオが、会場の一角で上映されています。それを見たら、いかに細かくて地道な作業かがよく分かります。



ジップネックレス

わたしはジップネックレスが一番気に入りました。欲しい。買えるわけ無いですが。実際にジップは閉まるそうです。普通のファスナーと一緒で根本も別れるそうです。触って確認してみたいんです。



ダンスーズ エスパニョール クリップ

ヴァンクリで人気のバレリーナシリーズの1つ。10点近くが展示されていました。ポーズや形など、同じものは絶対に作らないという信念がヴァンクリにはあるので、どれも1つ1つ違って、そしてどれもがかわいいです。一緒に行った母はイミテーションでいいから欲しいと言っていて、気に入ったようです。



フューシャ クリップ

ヴァンクリの代名詞で特許も取っている「ミステリーセッティング」という方法で作られたクリップ。石を留める爪が見えない方法です。ぴったり隙間なく敷き詰められたような石が、どの角度にしてもきらめいて、とてもきれいです。これも気に入りました。



ヴァンクリは毎年、世界各国で展覧会をするそうですが、今回は日本の京都で、ということで、日本の伝統工芸との比較、コラボをテーマに展示されました。どちらも、すばらしい技術力に裏付けされて制作されてた一点ものの傑作という点では同じですね。



並河靖之 《蝶に花丸唐草文飾壺》 明治時代

有線七宝の分野で、超絶技巧と言えばこの人、というくらい、よく聞く名前です。七宝は好きです。絵のように繊細で、ガラス質だから色褪せない。だけど、この鮮やかさ、華やかさを出すために、一体何回焼いて、何回色を挿して、と考えると途方もない技術力です。



四代長谷川美山 《京都名所図透彫飾壺》 明治-大正時代

超絶技巧の展覧会は最近多いような気がしますが、これは技術力の高さというのもあるけれど、奇跡的な完成品だと思います。透かしが全体に入っていますが、これは一番最初、成型した直後にしかいれることが出来ません。その後、乾かして、素焼きして、絵付けして、焼いて、描いて、焼いて、と何回か焼く工程の中で、よく割れなかったな、という奇跡です。普通のお皿や壺でも、割れることが多い陶芸。計算ではできないのではないかな? できるのなら、それこそ神さまみたいです。



安藤緑山 《柿》 大正-昭和初期

誰がどう見ても、柿。そこら辺においておいたら、間違って食べちゃいそうなくらいの柿です。けれどこれは象牙の彫刻です。牙彫は今は作れないものかな? どれもこれも、本物のようで、象牙という素材が持つ自由さなのか、何なのか。とても不思議です。



十二代西村總左衞門 《孔雀図》 1900-1910年

刺繍絵画の作品。テレビで見た時はこれが展示されていましたが、わたしが行った時には違う孔雀の刺繍作品が展示されていました。でもこれを見てみたかったです。刺繍も気が遠くなりそうな根気がいる技術ですね。今、これほどの大きな作品を作れる人はいるのでしょうか。少なくともわたしが受け継ぐことは無理ですね。



右 - 服部峻昇 《耀貝飾箱》 2016年 / 左 - トンボクリップ

アクリルケースに1つずつ展示されているものもあれば、ヴァンクリだけ、伝統工芸品だけ、こんな風に並んで展示されているのもありました。

飾箱は漆器で、トンボクリップがヴァンクリ。どちらもトンボがモチーフです。漆器のことはわたしはある程度わかりますが、完成させるまでに必要な根気と工程と困難さを理解しているからこそ、単純にすごいなと思います。服部さんのは好みじゃないんですがね^^;



こちらの記事では写真をたくさん見ることができます。

https://www.fashion-press.net/news/28677

こちらの記事では、展示されている様子を見ることが出来ます。

http://www.museum.or.jp/modules/topics/index.php?action=view&id=954



photo : mom & tana

中間で、工房の様子を再現した場所と、壁にジュエリーの拡大写真があって、一緒に写真を撮ることができます。バーチャルで工房の様子を見れたり、パズルがあったりして、休憩しながら、楽しむことが出来るスペースです。



是非行ってみたいと思い、会期終盤で人が多いだろうとは思いましたが、行って良かったです。自分で手に入れることも身につけることもできないけれど、それは絵画でも彫刻でも同じです。1つの芸術として、継承していく技術として、そして単純に美しいものとして、見て楽しめる展覧会でした。

あと、2日! 日本で見れることは当分ないと思うので、是非行ってみてください。ただし、京都はとても暑く、人は多いです。


2016/05/29

『光紡ぐ肌の ルノワール展』 於:京都市美術館



GWに帰省した際に見た展覧会の1つ。モネと一緒に見ました。そしてどっちかというとルノワールの方がいいな、という結論に達したのでした。

でもなんか、記事を書くために改めて見てみると、何となくぱっとしない…?

わたし、それほど印象派の画家に思い入れがないので、そう感じるのかもしれませんね^^;

しかも、今東京で、天下のオルセー美術館・オランジュリー美術館が所蔵するルノワールの展覧会がやっているので、そっちのがそりゃもう代表作だらけなものだから、すごいと思うだろうな、という…。京都もがんばったんですが、やはり東京には勝てない。



そんなこんなで、気を取り直して、(大分間が空いたけども)レポもどきを。



《白いエプロンのリュシー・ベラールの肖像》 1884年

ルノワールの得意分野は子供と女性。彼が個人的に一番美しいと思うのは「女性の身体」だということです。

この絵はずいぶんとのっぺりとしていて、とても丁寧に描いたんだな、と思います。愛らしさはありますが、ちょっと違和感? 筆致が残っていて、複雑な色の重なりあいがあるほうが活き活きと見えます。

髪の毛のふわふわ感がとてもすばらしいです。



《猫を抱く女》 1875年頃

猫が可愛らしい作品。個人的にはこういう感じのルノワールが一番好きです。筆致が残って、けど雑な感じは無くて、白い服、柔らかい肌、金髪、そんな中で複雑に色が絡み合っているけれど、見る人にそれが何かをちゃんと見せる感じ。

ルノワールの作品で一番好きなのが《エチュード、トルソ、光の効果》だったりするんですけど(東京に来てるんですけど…)、単純だけど複雑な画面が好きです。




ルノワールの晩年は、モネ同様色が濃くなっていくのと、女性がぶくぶくしてくるのが特徴(?)です。ふくよかな美しさとは言えるし、そう感じるのもあるけれど、ここまで行くと、でっかいな、と思います…。

モネもルノワールも、好きな作品はあるし嫌いじゃないんだけど、それと晩年の作品とのギャップがあるところが、好きと素直に言えない由縁です。

いやでも好きです^^;

東京のルノワール展にも行ってみたい。でも、カラヴァッジョは諦めたんです…。6月12日までなんですが、行ける時がない>< それなのに、ルノワールには行くなんて、そんなことできません! あぁ、でも8月22日までもあるし、夏はセブチのライブがあるし、それに東京行くかもだし…でも…。

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お金とポイントは使うために貯めているのです。使い所が悩みの種ですね。



GWにはあと、『信貴山縁起絵巻』と『ピカソ、天才の秘密』に行っています。レポ書くのは『ピカソ』の方だけになりそう。それと、名古屋のギュのソロコンに行ったので、そのレポもまた書きます!


2016/05/14

『モネ展』 於:京都市美術館


GWの帰省は美術館三昧でした。29日は京都市美術館に行って、モネ展とルノワール展、30日は奈良博へ行き、国宝の信貴山縁起絵巻、5月1日は大阪でピカソとミッフィー。

図らずも三都物語の様相。見たものも、和物、洋物、キャラクターまで、我ながら雑食過ぎるラインナップ^^;

でも、とっても楽しかったです!

どれもとてもよかったので、レポなど書きたいと思います。



《テュイルリー公園》 1876年

今回の展覧会に展示されている作品は、フランスのマルモッタン・モネ美術館所蔵のものです。その美術館において、印象はコレクションの誕生のきっかけとなった作品だそうです。

期間の前半は《印象、日の出》が展示されていて、後半はこの《テュイルリー公園》が展示され、わたしが見たのはこっちです。《印象、日の出》の方は、以前どこかで見たことがあるので、それよりも、初めて見るこちらの作品の方が見れて良かったです。

俯瞰で見る作品というのは、この時代珍しい気がします。視線が高いと、同じ風景画でも、とても開けて見えて、公園の広さとか、街並みとか、そういうのが感じられます。

昼の眩しい日差しまで伝わってくるような、とても明るい画面でした。なんでこんなに明るく見えるのだろう、と思ったら、他の作品と違い、白っぽいライトが当たっていたようでした。

まぁ、ライトの効果も多分にあるだろうけど、印象派という名の通り、日差しの下で描いたのだろうということが感じられる、とてもすてきな作品です^^



《劇作家フランソワ・ニコライ、通称クレルヴィル》 1858年

若い日のモネは、授業中に風刺画ばかり書いていたそうです。わたしも落書きばかりしていたので、その気持ちはよく分かりますw 好きな授業しか、ちゃんと聞かない、っていうね。

モネの凄い所は、その風刺画を画廊で売って、パリに上京する資金に出来た所ですね。



《睡蓮》 1907年

もちろん《睡蓮》も多数展示されていました。モネは晩年、目も悪くなって、リウマチで手も上手く動かなくなってしまい、とても描くことに苦労しただろうと思われます。

なので、晩年になるほど、筆致が荒くなって、何が書いてあるか分からないくらいになっていくのですが、個人的にはそうなる前、水と花と葉、それぞれの色が多少乱雑な筆跡の中にバランスよく浮かび上がっている作品の方が好きです。

チラシにもなっている《睡蓮》とこちらの《睡蓮》、ここらへんまでが「良いモネ」の境界かな、なんて勝手に思っています。



《日本の橋》 1918-24年

ここらへんまでになると、最早タイトルが付いていなければ、何が書いてあるのかも分からないですね。橋、睡蓮が多いんですが、目が悪いせいなのか、赤、黄などの強い色が多くて、見ていてチカチカします。

見ようによってはいいのかもしれませんが、わたしはあまり好きではないです。それを再確認しました。



1つの美術館で、モネとルノワールをどちらも見ることができたGWでした。そして、どちらも見た結果、ルノワールの方が好きである、という結論を得ました。モネもけっこう好きだと思っていたんですが、比べると、終始安定したルノワールの方が好きになれる作品が多いようです。

モネもとてもすばらしい画家です。ただちょっと、筆致が荒すぎる時があります。

印象派は見慣れるほど見過ぎている程ですが、1人の画家をまとめて見るというのは、その人の人生とか作風の変遷も見れて面白いです。

自分の好みも再確認できて、これはこれで、行ってよかったな、と思う展覧会でした^^